そしてその記憶。
「現実から過去に戻って、やり直せるわけがない」
という確固たる盲信。
連続しない、つながりのない、あいまいな過去体験の記憶。
それともそれは、ただの夢だったのか?
いつか見た映画のストーリー?
過去に読んだ小説?
人から聞いた話?
現実の体験であるはずのぼやけた記憶。
全くのつながりも、その証拠さえも残っていない記憶。
それは現実か、夢か。
ただの思い込みや映画のストーリーか。
ただの妄想か。
本人でさえはっきりと意識できない体験は
現実ではない?
[原文]
「魔人」
「カンサツ・・・・。」
小声でささやかれた。
私はビクッとして反射的に首をすくめて、ゆっくりと振り向いていた。
誰もいない。
しかし声の主はわかっている。あいつだ。
「カンサツってなによ。」
私も小声で声が聞こえた方を見ながらささやいてみた。
「・・・・・・。」
何も答えはなかった。
「あなた。」
「ん?」
「また間違えましたね。」
機械のように淡々とした声が頭の中に響いた。
「それは、断片的にしか認識できないんですよ。人にとっては単なる記憶の一部にしかならないですからね。」
「時間を逆行したり、繰り返したり。そんな記憶を人間が保てると思いますか?」
「人間っていうのは時間軸に沿って記憶を構築しているものなんですよ。」
「例えば思い出ってのは、あなたの過去の記憶ですよね。」
「でも、時間を逆行して、繰り返して、何度も修正の入った事実を同時に時間軸に沿わせることなんて出来ると思いますか?」
「人は時間軸に沿っっていない記憶ってのは、思い違いとか、夢かな、ってことで片づけてしまうものなんですよ。あるいは、どこかで読んだ本とか、映画の内容だったかな、なんてごまかしを入れるようにできてるんですよ。」
「テレビ局が、撮ってきた映像を編集しますよね。あるいは、映画用に撮影されたフィルムの編集。それに似ているかもしれませんね。」
「編集次第では物語のメインを前に持ってきたり、一番最後に持ってきたり。」
「でも、正確に言うと全然違うものなんですよ。」
ククク。
また、表情のない、ただノドの奥から響いてくるだけの笑い声・・・・。
ザーっというテレビのノイズのような音が聞こえたと同時に、視界もノイズで何も見えなくなった。
ふっと、意識が戻った時は朝。
時計を見ると・・・・・!!
「あらやだ!」
いつも通りTVを見ながら朝食を取っていたら絶対に遅刻する時間だった。
私は慌てて顔を洗ってトイレへ駆け込み、髪の毛をとかす前に速攻で着替えていた。
「最近、多いな、早く寝てるつもりなんだけど・・・。」
そんなことを頭の片隅で思いながらも、気ばかり焦っているので、取ろうとした化粧水のビンを床に落としたり、バッグの中身を玄関にぶちまけてしまう始末。
挙げ句の果てには駆け込みセーフで飛び乗ったバスの中で、電車とバスの定期券を玄関の下駄箱の上に置き忘れてきたことに気がつく。
「あ~あ、何回目?!」などと嘆きながらも、仕方がないから今日もまた現金でバスの運賃を払い、電車の切符を買っていた。
「夢・・・・・だったの・・・・・かな?」
記憶が断片的だった。
「夢ね。」
自分に言い聞かせるように、そうつぶやいていた。
私はいつの間にか眠ってしまっていたようだった。
[原文]
つづく